■ 錦帯橋と岩国城へ歴訪 ■

引き続き岩国城天守内の見学をします。 天守の一、二階は広く中には多くの展示品があった。 そして上の階へ上がって天守最上階に到着した。

復元される前の天守は現在地より少しずれた場所にあるが、ここからでも四方の景観は素晴らし。 今は逆光で霞んで見えるが瀬戸内海側が良く見え、遠方の山々の位置関係も良く見えます。


眼下の錦川に架かる錦帯橋や城下町も露出を絞って撮影。 廃城されても武家屋敷があった御土居付近も街並みのミニチュアを見るような感じでした。 廃城後は天守が破却されても御土居が陣屋として存続し、錦帯橋の道筋を基準に整然と整備され明治維新まで存続した。

天守閣最上階から撮影








天守閣の見学が終わり付近を歩くと、旧天守閣跡があった。 四方形の立派な石垣です。 二方向から撮影してみた。 この後、現天守を回り込む形で通路がある。









隣には現天守があるから、石垣を比べたら旧石垣と新石垣の高さや大きさがほぼ同じです。 通路を回り込み天守閣の映像を撮ります。 真下から撮影するから外壁の構造も良く判る。

天守周りは岩国城の引き立て役として土塀が復元されている。 天守をぐる〜っと歩いて一回りした。 再び天守を見上げると陽光の位置が変わり見栄えが良くなった。 再び構図を変えて撮影。





小公園の横に木々に囲まれて大釣井があった。 1609年(慶長13年)築城と同時につくられ非常時に武器、弾薬などの収納や敵に包囲され落城の危機に脱出口を備えた井戸と伝わる。 撮影後ロープウェー乗り場まで戻るのに昔の道をたどることにした。 周りを木々に覆われ日陰の道で所々に木の階段が残っている。

大釣井

ここは昔の道跡
ここは昔の道跡

広場の中央にからくり時計

ロープウェー乗り場に戻り小休憩。 下りの乗降口には長蛇の列が連なり観光客が多いのに驚いた。 快晴で近隣の人も含めて人の出が多いようだ。 広場の中央にからくり時計があり指定の時刻で動き出すという。 小公園だがアチコチで小さな子供達が親子で遊んでいる。 今日は快晴で温かい日和で冬に近づく前の家族愛が感じ取れた。

ロープウェー乗り場

錦雲閣
錦帯橋

吉香神社入口

長い列で並んでいたロープウェー乗り場を二番目で乗車し、今度は窓前に立ち、景観の撮影に没頭した。 今度はブレも少なく上手く撮影できた。 錦帯橋の他に右手にある吉香神社も上手く撮影できた。 ロープウェー乗り場を下車して吉香神社に向かいます。 吉香神社は旧岩国藩主吉川家の先祖を祀る三社を統合して1884年(明治17年)に旧居館跡に建立された。

錦雲閣
 と
吉香神社大鳥居





錦雲閣が秋の青空に映えている。 錦雲閣は1885年(明治18年)に旧岩国藩主吉川家の居館跡が公園として整備された時、旧藩時代の櫓に似せて建てられた絵馬堂と云う。 お濠の景観に良く似合います。
これから吉香神社を参拝します。 社殿は吉川興経を祀り1728年(享保13年)に造営された。 神門、拝殿、本殿と同じ時期に造営され、当初の形式が揃っているのは貴重な史跡だ。 今は国重要文化財に指定されている。

庭園

石柱門




本殿

境内にエンジュの大木がある。 その隣にセンダンの大木がありこの時期は黄色の実が実っている。 台風で幹の上部が折れたが、今見る大木は素晴らしい実を付けていた。




茶店

「美しき天然」の歌詞碑

神門






吉香公園から再び錦帯橋に戻った。 ここから再度別な角度から撮影を楽しんだ。 横山の岩国城を往復して妻も大分疲れてきた感じ。 スローペースで錦帯橋を渡りながら撮影していく。 この時間帯は錦川に屋形舟が出て川面に浮かぶ屋形舟が岩国城と錦帯橋の景観を引き立ててくれた。 記念撮影しながら太鼓橋をゆっくりと渡る。














駐車場側に戻って川岸に向かった。 妻は川岸のベンチで休憩するという。 時間をかけて川岸を歩きながら錦帯橋を別な角度から撮影していく。 帰宅して映像を確認したら取りこぼしの無い映像でほぼ満足した気分になった。 下方からの映像も橋の組み立ての組み方が良く撮れていた。


















妻と合流して水分補給も美味しかった。 川岸には屋台がオープンしていて賑やかな様子が見れる。 妻の訪問してみたい所に来て自分も満足した。 時間は12時半を過ぎていた。 西日本の旅の計画は目的地をほぼ制覇した。 これから1〜2日は想定外の旅になります。

西日本の旅は終了したが予定では2〜3日は日程に猶予をしていた。  天候も暫くは好天が続くというので、このまま東京に戻るのはもったいない!

inserted by FC2 system